『薬屋のひとりごと』は、中国的な後宮を舞台にした物語ですが、その描写には現代日本的な感覚と、時に“あえて避けた”歴史的現実があります。
後宮という舞台で“唯一纏足の描写がある女性”が、なぜ罪をかぶって命を絶ったのか——その裏にある構造を考察してみます。
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なぜ、たった一人だけ「纏足の下女」が登場したのか?
『薬屋のひとりごと』の物語の中で、「纏足(てんそく)」という言葉が登場する場面はごくわずかです。特に印象的なのが、石榴宮に仕える風明の下女──彼女だけが“纏足をしていた”とされています。
でもよく考えてみると、この物語の中で登場する女性たちは、自由に歩き回っていたり、誰かに支えられずに自立しているシーンが多いですよね。そんな中で、なぜ「纏足」の女性があえて一人だけ登場したのでしょうか?
トリックとしての「纏足」──不可解な設定の理由を考察
物語のある場面で、妃の命を狙った下女が自ら命を絶とうとしたように描写される場面があります。
彼女は高いレンガの壁をよじ登って身を投げた、という設定です。
けれど主人公・猫猫はそれに違和感を覚えます。
「纏足の足で、壁を登れるわけがない。」
この違和感こそが、事件の“トリック”を暴く鍵となるのです。
つまり、「誰かに手を貸してもらったのでは?」という視点を読者に与えるため、あえて“自力で動けない存在”=纏足の女性を設定に加えたのではないか──というのが1つの解釈です。
でも少し無理がある?世界観とのギャップ
一方で、この設定にはやや「作為的すぎる」と感じる読者もいるかもしれません。
たとえば、レンガの壁に足場のような突起があるという描写。それ自体、現実の建築様式ではあまり見られません。(飾りとしてならあるかも)ボルダリングのように突き出しているけれども、登れる構造ではない。どこか不自然さを感じる場面でもあります。
また、纏足をしている女性が「下女」として働いていることにも違和感が残ります。実際の纏足は身体の動きを制限するもので、立ち仕事や移動を前提とした業務にはあまり適していません。
世界観の中で浮く存在──文化のパッチワーク感
『薬屋のひとりごと』は、唐代中国をベースとした幻想的な世界観が魅力です。ただ時折、唐突に異文化が入り込んだような描写があります。
たとえば、ヨーロッパ風のドレスを着た妃、砂漠の国の王女、南国風の衣装──そして纏足。
これらが同じ世界の中に同居していることで、設定に「文化的な統一感のなさ」を感じる読者も少なくありません。
おそらく纏足も、その一環として**“設定の小道具”として挿入された要素**だったのでしょう。読者が事件の違和感に気づくためのヒント、あるいは猫猫の洞察力を際立たせるためのトリックとして、です。
まとめ:纏足はあくまで“道具”。ただし背景には歴史的重みも
『薬屋のひとりごと』の中で登場した「纏足」は、悪習として描かれることもなく、深く掘り下げられることもありません。
おそらく、それは**ミステリーの展開を補強するための“記号”**として使われただけ。
しかし、それが現実には重い歴史や美意識の転換を含むものであったことも、私たちは心に留めておく必要があるかもしれません。
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