ピンポン。
出ない。
少しして、また鳴る。
それだけのことなのに、なぜか気持ちがざわつく。
「出たほうがいいのかな」
「感じ悪いと思われてるかも」
「何か大事な用事だったらどうしよう」
別に、約束していたわけでもない。
知らない人かもしれない。
それなのに、
出ていない自分のほうが、どこか悪いことをしている気がしてくる。
なんか、変だなと思う。
Contents
無視したはずなのに、頭の中がうるさい
今日は出ないって決めた日があった。
よし、出ない。
そう思って、そのままにした。
でも、
終わらなかった。
帰ったのかどうか、気になる。
まだいるんじゃないかって思う。
また来るかも、とか。
インターホンが鳴っていない時間のほうが、
むしろ落ち着かない。
これ、音の問題じゃないんだなって、あとから思った。
ちゃんとしなさい、の残り香
なんでこんなに引っかかるんだろうって考えてたときに、
ふと浮かんだ言葉があった。
「人の話はちゃんと聞きなさい」
昔、何度も言われた気がする。
無視するのはよくない、とか。
ちゃんと対応しなさい、とか。
そのときは深く考えてなかったけど、
意外と残ってる。
呼ばれたら出る。
話しかけられたら応じる。
それが普通、みたいな。
だからなのか、
出ないと、どこかで引っかかる。
いい人でいたい、みたいなもの
もうひとつ、うまく言えない違和感があった。
出ないとき、
ちょっとだけ自分が嫌になる。
感じのいい人でいたい、とか。
ちゃんとしてる人でいたい、とか。
そういうイメージと、
今の自分が、少しズレる。
そのズレが、
あのモヤっとした感じなのかもしれない。
心理学だと、
こういうのを「認知的不協和」って言うらしい。
言葉にすると堅いけど、
なんとなく、ああそういうことか、って思う。
それでも、反応してしまう理由
あとから知ったんだけど、
人って、
何かされたら返そうとするらしい。
声をかけられたら、返す。
何かされたら、応じる。
それが普通、みたいな。
社会心理学者の ロバート・チャルディーニ が、
そういう性質を説明しているらしい。
インターホンって、
ただの音じゃなくて、
「こっちに向けられたもの」なんだと思う。
だから、
無視するのがちょっと難しい。
それに、
ピンポンが鳴ったら出る、っていうのも、
たぶんずっと繰り返してきた。
イワン・パブロフ の話みたいに、
音に反応するクセがついてる、みたいな。
少しだけ見え方が変わった
ここまで考えて、
ちょっとだけ気が楽になった。
無視できないのって、
性格のせいじゃないのかもしれない。
ただ、
そういうふうに育ってきただけで。
そう思うと、
ちょっとだけ距離ができる。
出ない、という選択
インターホンは、
こっちの都合とは関係なく鳴る。
でも、
出るかどうかは、
本当は選べる。
そう頭ではわかっていても、
まだ少し、ざわっとする。
でもそれも、
間違ってるっていうより、
慣れてないだけなのかもしれない。
ピンポンが鳴っても、
そのままにしていられる日が来たら。
たぶんそのときは、
今より少しだけ、
自分の場所を守れるようになっている気がする。